「M&Aと解雇」

「M&Aと解雇」

長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。今回は、「M&Aと解雇」について、話をしたいと思います。

1 はじめに

  M&Aのストラクチャーは、M&Aの目的を考え、ストラクチャーごとの効果、手続・スケジュール、さらには税務面等を考慮して決定されます。

  株式譲渡や吸収合併の場合には、基本的には対象会社の全ての労働者の雇用が維持されると思いますが、事業譲渡の場合には、必ずしもそうではありません。

  事業譲渡の場合、対象企業の当該事業譲渡の対象となる事業に従事してきた労働者の雇用が、譲受企業に承継されるか否かは、対象企業・譲受企業の合意により定まります。さらには、譲受企業に承継される場合には、当該労働者の同意がなくてはなりません。

  では、対象企業(X社)にA事業とB事業があり、A事業を譲受企業(Y社)に事業譲渡しようという場合において、A事業に従事する労働者Zが、Y社で働くことを拒否した場合、X社は労働者Zを解雇することができるのでしょうか。解雇が有効か無効かは個別具体的事情に左右されますので、結論は示しません。以下では、考え方を示したいと思います。

2 整理解雇4要素

  ところで、労働者Zがその雇用がY社に承継されることに同意しなかった理由ですが、様々考えられます。Y社に承継された後、Zの賃金等労働条件が悪くなることが見込まれるような場合は、X社にとどまることを希望する場合があります。    

  X社としては、A事業をY社に譲渡したため、A事業に従事していた労働者Zの働く場所は基本的にはないということになります。労働者Zは余剰人員ということになり、X社としては労働者Zとの雇用を終了させたいと考えるのが通常であろうと思います。

  X社においては、労働者Zに対し退職(辞職ないし合意解約)を促し、労働者Zがそれに応じなければ解雇を検討することになるでしょう。

  この場合の解雇は、いわゆる整理解雇(企業が経営合理化等のために行う解雇)であり、労働者側に帰責性がない点で普通解雇や懲戒解雇と異なるものです。整理解雇は、①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の妥当性の4要素の総合判断により解雇の有効無効が判断されると言われています。

3 戦略的合理化型の整理解雇の場合

  整理解雇は、経営困難や不振を理由とするタイプ(危機回避型)と、経営合理化や競争力強化を目的に行われるタイプ(戦略的合理化型)に分けることができます。

  M&Aが行われるのは、対象企業が経営困難に陥っている場合もありますし、必ずしもそうではなく、対象企業が黒字でも経営合理化や競争力強化の観点から一部門を売却するといった場合もあります。

  後者の場合において、先の事例の労働者Zを解雇するとした場合、戦略的合理化型の整理解雇ということになります。

① 人員削減の必要性

裁判所の判断ですが、企業の経営判断を尊重し、特定部門の閉鎖に伴う人員削減の必要性を肯定するのが一般的と言えます。先の事例で、X社がA事業をY社に譲渡する理由が経営合理化や競争力強化であったとしても、人員削減の必要性は肯定されることになります。もちろん、必要性は肯定されますが、その程度は、危機回避型の場合に比べ低いと考えることになります。

② 解雇回避努力

  4要素の中心に位置する重要なものと言われています。整理解雇は労働者に帰責性がないものですから、企業としては解雇回避の努力を尽くす必要があると言われています。先の事例でいえば、X社としては、労働者Zに対し、Y社への雇用の承継又は転籍(X社との雇用契約を終了させ、Y社と新たに雇用契約を締結すること。これがX社Y社間の事業譲渡契約に基づき行われる)を打診しているのですから、通常は、解雇回避努力を尽くしているとみてよいと考えます。

  ただし、労働者Zにつき、雇用契約において職種や勤務地が必ずしも限定されておらず、労働者ZがB事業に従事した経験があるような場合、労働者Zの配転(B事業に従事させる)を検討する必要があると言えます。B事業において新規人員を募集していたような場合に、配転を打診しなかった場合には、解雇回避努力を尽くさなかったと判断される可能性があります。

  また、先の事例で、X社が、労働者Zに対し、Y社への転籍を打診したとしても、Y社での労働条件が、従前のX社での労働条件に比べ労働者Zに著しく不利なものである場合には、解雇回避努力を尽くしたと評価されない可能性があります。

③ 人選の合理性

  合理的な人選基準を定め、その基準を公正に適用して被解雇者を決定する必要があります。

④ 手続の妥当性

  労働組合や労働者に対し、人員整理の必要や解雇回避の方法、整理解雇の時期等を説明し、その納得を得るため、誠意をもって協議を行うことが要求されます。

弁護士 植木 博路

(長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っています。)

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