「労働時間の把握方法②」

「労働時間の把握方法②」

長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。

今回は、前回に引き続き、「労働時間の把握方法」について、話をしたいと思います。なお、以前のコラム(「労働時間の把握方法①」)も参照されてください。

 なお、労働時間把握義務については、安全配慮義務を履行する前提としての労働時間把握義務(労働安全衛生法66条の8の3)もありますが、今回取り扱っているのは、割増賃金(労基法32条・36条・37条)に関する労働時間把握義務です。

1 タイムカードによる労働時間の把握

 ⑴ ガイドライン(厚労省が平成29年1月20日に出した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)は、「始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法」として、「使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること」とし、「ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること」、「イ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること」と述べており、タイムカードを始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法としています。

 ⑵ しかしながら、タイムカードは必ずしも労働時間を正確に示すものではないという点に注意する必要があります。

   タイムカードは、あくまでも打刻時点で、その労働者がタイムカードの打刻をしたことが推認されるにすぎません。「労働」していたことまでを示すものではないのです。なお、労働時間については以前のコラム(「労働時間とは」、「労働時間とは②」)を参照してください。

すなわち、タイムカードの打刻時間が午後8時25分となっていても、それまで業務に従事せず、ネットサーフィン等私的なことをしていたかもしれませんし、または業務に従事していたとしても使用者の指示に基づかないものである場合もあるのです。

2 タイムカードによる労働時間の認定

 ⑴ 東京地判昭和63年5月27日(労働判例519号59頁)は、次のように述べています。タイムカードの記載からただちに労働時間を認定することには、消極的であると読めます。

「…一般に使用者が従業員にタイム・カードを打刻させるのは出退勤をこれによって確認することにあると考えられるから、その打刻時間が所定の労働時間の始業もしくは終業時刻よりも早かったり遅かったとしてもそれが直ちに管理者の指揮命令の下にあったと事実上の推定をすることはできない。そこでタイム・カードによって時間外労働時間数を認定できるといえるためには、残業が継続的になされていたというだけでは足りず、使用者がタイム・カードで従業員の労働時間を管理していた等の特別の事情の存することが必要であると考えられるところ、(証拠略)によると、営業係に移ってからの原告の通常の業務は、概ね、月水金がメーカーの配達員の車に便乗し、その機会を利用して得意先を回って菓子の新製品の売り込みと代金の回収を行い、火木土が運転助手として自動販売機へドリンク剤・飲料を供給することであったが、毎朝午前八時一〇分前後までに出勤していたのは被告の前の専務である山本から遅くとも始業の五分か一〇分前までに出勤しているように指示されていたからで、就業規則によれば時間外勤務には早出と残業があり、遅くとも前日までに所要時間及び内容を告知することになっているにもかかわらず、原告にそのような告知がなされていなかったことが認められ、以上の事実によると、就業開始前の出勤時刻については余裕をもって出勤することで始業後直ちに就業できるように考えた任意のものであったと推認するのが相当であるし、退勤時刻についても既に認定した営業係の社員に対する就労時間の管理が比較的緩やかであったという事実を考えると、打刻時刻と就労とが一致していたと見做すことは無理があり、結局、原告についてもタイム・カードに記載された時刻から直ちに就労時間を算定することは出来ないと見るのが相当である」

 ⑵ 大阪地判平元年4月20日(労働判例539号44頁)は、次のように述べています。タイムカードの記載からただちに労働時間を認定することには、消極的であると読めます。

「…一般に、会社においては従業員の出社・退社時刻と就労開始・終了時刻は峻別され、タイムカードの記載は出社・退社時刻を明らかにするにすぎないため、会社はタイムカードを従業員の遅刻・欠勤等をチェックする趣旨で設置していると考えられる。前記認定のとおり、原告らは出社・退社時にタイムカードに時刻を打刻・記載しており、上司のチェックも形式的なものにすぎないのであって、右事実に(人証略)を総合すれば、被告におけるタイムカードも従業員の遅刻・欠勤を知る趣旨で設置されているものであり、従業員の労働時間を算定するために設置されたものではないと認められる。したがって、同カードに打刻・記載された時刻をもって直ちに原告らの就労の始期・終期と認めることはできない。さらに前記認定事実によれば、原告らの業務は外勤が主であり、いわゆる直行・直帰を約四・六日に一日の割合で行っており、旧規則二二条所定の『労働時間を算定し難い場合』に該当するか否かはさておき、そもそも労働時間を算定しにくい業務であると認められるうえ、原告らの直行・直帰の場合のタイムカードの記載方法は統一されていなかったことか認められるから、特に直行・直帰の場合、同カードに打刻・記載された時刻をもって原告らの就労の始期・終期と認めることは、およそできないというべきである」

 ⑶ 近時の裁判例の傾向

   上記のように、「タイムカードの記載からただちに労働時間を認定することには、消極的である」裁判例もありますが、近時の裁判例は、「タイムカードに記載された時間が労働時間を示すものではないと言えるような具体的な事情を使用者側が主張立証しない限り、タイムカードの記載から労働時間を認定する」という傾向があると言えます。これについては次回のコラムで取り上げたいと思います。

弁護士 植木 博路

(長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っています)

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