「消滅時効~割増賃金に関して」

「消滅時効~割増賃金に関して」

長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。

今回は、「割増賃金に関する消滅時効」について、話をしたいと思います。

以前のコラム(「賃金債権の消滅時効期間が3年に」)でも、言及した内容ですが、今回は、より詳細に話をしたいと思います。

1 消滅時効期間は3年

割増賃金請求権は、権利を行使することが可能となった時から一定期間を経過することで、使用者がこの期間の経過を主張(援用)することで消滅します。

  労働基準法115条は、「この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によって消滅する」と規定しています。ただし、労働基準法143条3項は「115条の規定の適用については、当分の間、同条中『賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間』とあるのは『退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間』とする」と規定しています。

2 令和2年4月1日以降に支払日が到来する賃金請求権から消滅時効期間が3年に。それ以前は2年。

そして、上記改正法は令和2年4月1日から施行されています。

附則2条2項は「新法115条及び143条3項の規定は、施行日以後に支払期日が到来する労働基準法の規定による賃金(退職手当を除く。以下この項において同じ。)の請求権の時効について適用し、施行日前に支払期日が到来した同法の規定による賃金の請求権の時効については、なお従前の例による」と規定しています。

そのため、令和2年4月1日以降に支払日が到来する賃金請求権から、消滅時効期間が3年となります。

3 3年の対象は賃金に関する請求権

  消滅時効期間が3年となるのは、賃金に関する請求権です。退職手当の請求権は5年で変更はなく、災害補償の請求権その他の請求権も2年で変更はありません。

4 賃金台帳などの記録の保存期間は3年間

  労働基準法109条は「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない」と定めています。ただし、143条1項は「109条の規定の適用については、当分の間、同条中『五年間』とあるのは、『三年間』とする」と規定しています。改正前も、保存期間は3年間でしたので、現時点では、変更はないと理解できます。

5 保存期間の起算日

  記録の保存期間の起算日について、労働基準法施行規則56条が定めています。

  すなわち、規則56条1項は「法109条の規定による記録を保存すべき期間の計算についての起算日は次のとおりとする。① 労働者名簿については、労働者の死亡、退職又は解雇の日 ② 賃金台帳については、最後の記入をした日 ③ 雇入れ又は退職に関する書類については、労働者の退職又は死亡の日 ④ 災害補償に関する書類については、災害補償を終わった日 ⑤ 賃金その他労働関係に関する重要な書類については、その完結の日」と規定しています。 また、規則56条2項は、「前項の規定にかかわらず、賃金台帳又は賃金その他労働関係に関する重要な書類を保存すべき期間の計算については、当該記録に係る賃金の支払期日が同項第二号又は第五号に掲げる日より遅い場合には、当該支払期日を起算日とする」と定めています。また、規則56条3項は、「前項の規定は、第24条の2の2第3項第2号イ及び第24条の2の3第3項第2号イに規定する労働者の労働時間の状況に関する労働者ごとの記録、第24条の2の4第2項(第34条の2の3において準用する場合を含む。)に規定する議事録、年次有給休暇管理簿並びに第34条の2第15項第4号イからヘまでに掲げる事項に関する対象労働者ごとの記録について準用する」と規定しています。

 (記録の保存期間の整理)

書類起算日保存期間
労働者名簿死亡、退職又は解雇の日3年
賃金台帳最後に記入をした日 ただし、賃金支払期日が後の場合は、賃金支払期日3年
雇入れ又は退職に関する書類 (雇入れに関する書類)EX.雇用契約書、労働条件通知書、履歴書、身元引受書等 (退職に関する書類)EX.退職届、解雇通知書、解雇予告手当の受領証等労働者の退職又は死亡の日3年
災害補償に関する書類災害補償を終わった日3年
賃金その他労働関係に関する重要な書類 EX.昇給・減給に関する通知書、出勤簿、タイムカード等の記録、残業命令書、休職に関する書類等その完結の日 ただし、賃金に関する書類である場合は、賃金支払期日が後の場合は、賃金支払期日3年
専門業務型裁量労働制に係る労働時間の状況等に関する記録(労規則24条の2の2第3項第2号)有効期間中及び当該有効期間の満了後 ただし、賃金に関する書類である場合は、賃金支払期日が後の場合は、賃金支払期日3年
企画業務型裁量労働制に係る労働時間の状況等に関する記録(労規則24条の2の3第3項第2号)有効期間中及び当該有効期間の満了後 ただし、賃金支払期日が後の場合は、賃金支払期日3年
年次有給休暇管理簿(労規則24条の7)有給休暇を与えた期間中及び当該期間の満了後 ただし、賃金支払期日が後の場合は、賃金支払期日3年
高度プロフェッショナル制度に係る同意等に関する記録(労規則34条の2第15項4号)有効期間中及び当該有効期間の満了後 ただし、賃金支払期日が後の場合は、賃金支払期日3年
高度プロフェッショナル制度に係る労使委員会の議事録(労規則34条の2の3)書面の完結の日3年
労働時間等設定改善委員会の議事録(労働時間等設定改善法施行規則2条)開催の日(当該委員会の決議が行われた会議の議事録にあっては、当該決議に係る書面の完結の日(当該決議に係る賃金の支払期日が当該完結の日より遅い場合には、当該支払期日))3年
労働時間等設定改善企業委員会の議事録(労働時間等設定改善法施行規則4条)開催の日(当該委員会の決議が行われた会議の議事録にあっては、当該決議に係る書面の完結の日(当該決議に係る賃金の支払期日が当該完結の日より遅い場合には、当該支払期日))3年

弁護士 植木 博路

(長崎、福岡で「企業側」の労務問題を取り扱っています)

前のページに戻る