自宅での作業時間は「労働時間」にあたるのか
自宅での作業時間は「労働時間」にあたるのか
長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。
今回は、自宅での作業時間が「労働時間」にあたるのかついて、考えたいと思います。
まず、自宅での作業時間が「労働時間」にあたるかを考えるにあたっては、「労働時間」とは何かを明らかにする必要がありますが、この点については、以前のコラム「労働時間とは」をご覧ください。
また、今回は、自宅利用型テレワークのような使用者が労働者に対し自宅での作業を明示的に指示していた場合ではなく、「労働者が、自宅に持ち帰って、仕事をしていた」という場合を考えてみます。
東京地判平成26年3月26日(労働判例1095号5頁)
事案
死亡した理学療法士(K)の両親が医療法人(Y法人)及び理事長に対し、損害賠償請求、時間外賃金の請求等をした事案
結論
Kが自宅で学術大会の発表準備をしていた時間が労働時間にあたるかにつき、労働時間にあたらないと判断
理由
Kが自宅において連日にわたり深夜や早朝に学術大会で用いるパワーポイントや抄録の作成に相当程度の時間を費やしていたことが認められる。
しかしながら、一件記録を精査検討しても、Y法人がKに対し自宅において学術大会の準備を行うことを明示的に指示したことは認められず、かえって、学術大会の資料の作成は院内のパソコンを使用して行うことを指示していたことが認められる。また、Y法人がKを含む新人に対し学術大会の準備として作成を指示したものは、A4用紙1枚の抄録と発表時間7分で納まる範囲での発表用のパワーポイントに止まっていたこと、Y法人は学術大会の資料の作成を所定労働時間内に行うことを許容していたこと、学術大会の資料の作成にかけた時間や労力は、新人によって異なり、自宅での残業も含め100時間程度を費やした者もいる一方で、学術大会の準備の大半は院内で終えたという者や、自ら応募した理学療法士学会の準備とを並行して行い、自宅では主に上記学会の準備を行っていたという者がいたことが認められる。これらの事実によれば、Y法人が指示した学術大会の準備としての資料の作成が、その性質や作業量から自宅に持ち帰らなければ処理できないものと認めることは困難である。学術大会における発表やそのための準備は、理学療法士としての専門的知見を踏まえた学術発表という性質上、際限なく時間と労力を費やすことができるものであるから、同僚から「頑張り屋で、何ごとも妥協できないタイプ」、「仕事熱心」などと評価され、院外の勉強会にも熱心に参加していたKにおいて、専門職としてのプロ意識も相まって、多大な情熱を傾注したことが窺われるものの、Y法人において発表内容として特定の水準以上のものを求め、そこから想定される作業量が院内での残業に加えて使用者の直接的な支配が及ばない自宅に持ち帰らざるを得ないほどのものであったというような事実関係が認められない本件においては、学術大会の準備自体には業務性を認めることができ、一郎は自宅において学術大会の準備に相当程度の時間を費やしていたことを踏まえても、これがY法人の黙示の業務命令によるものと認めることはできない」と述べて、労働時間にあたらないと判断。
コメント
自宅は、会社と異なり、そこにいることを義務付けられているわけではありません(場所的拘束性なし)。また、私的な空間であって、テレビをみたり、音楽を聴いたりしながら、作業をすることも可能です。このような点で、自宅での作業は、会社での作業とは明確に異なります。
自宅に持ち帰って作業をした時間は、原則、「労働時間」にあたらないと考えます。
ただし、使用者が仕事を指示し,かつその指示した仕事が、その性質や作業量から自宅に持ち帰らなければ処理できないような場合(例えば、使用者が労働者に「企画書を作成し、明日中に提出するように」と指示した場合で、労働者の他の業務内容や企画書の内容・分量から、自宅に帰っても企画書の作成をしなければ、およそ提出期限に提出できないような場合)には、例外的に、労働時間該当性が肯定されるものと考えます。
弁護士 植木 博路
(長崎、福岡で「企業側」の労務問題を取り扱っています)