会社の労災申請への協力について~大阪地裁平成24年2月15日判決を題材として~

会社の労災申請への協力について~大阪地裁平成24年2月15日判決を題材として~

長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。

今回は、「会社の労災申請への協力について」、大阪地裁平成24年2月15日判決を題材に話をしたいと思います。

1 はじめに

 労働者災害補償保険(労災保険)は、「業務上の事由、事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者(以下「複数事業労働者」という。)の二以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする」制度です(労働者災害補償保険法第1条)。

2 行政庁の報告徴収権等

⑴ 労働者災害補償保険法第46条は「行政庁は、厚生労働省令で定めるところにより、労働者を使用する者、労働保険事務組合、第三十五条第一項に規定する団体、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和六十年法律第八十八号。第四十八条第一項において「労働者派遣法」という。)第四十四条第一項に規定する派遣先の事業主(以下「派遣先の事業主」という。)又は船員職業安定法(昭和二十三年法律第百三十号)第六条第十一項に規定する船員派遣(以下「船員派遣」という。)の役務の提供を受ける者に対して、この法律の施行に関し必要な報告、文書の提出又は出頭を命ずることができる」と規定しています。

 事業主は、行政庁から、労働者災害補償保険法の施行に関し必要な報告等を求められた場合には、報告等を行わなければならず、「報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は文書の提出をせず、若しくは虚偽の記載をした文書を提出した場合」には六月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処せられることがあります(労働者災害補償保険法第51条第1号)。

⑵ また、労働者災害補償保険法第48条は「行政庁は、この法律の施行に必要な限度において、当該職員に、適用事業の事業場、労働保険事務組合若しくは第三十五条第一項に規定する団体の事務所、労働者派遣法第四十四条第一項に規定する派遣先の事業の事業場又は船員派遣の役務の提供を受ける者の事業場に立ち入り、関係者に質問させ、又は帳簿書類その他の物件を検査させることができる」と規定しています。

 行政庁は、労働者災害補償保険法の施行に関し必要な限度で、職員に、適用事業の事業場等に立ち入り、関係者に質問等をさせることができ、事業主が「当該職員の質問に対し答弁をせず、若しくは虚偽の陳述をし、又は検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した場合」には、六月以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処せられることがあります(労働者災害補償保険法第53条第2号)。

3 事業主の助力等

 2に述べたものは、いずれも、行政庁から報告等を求められた場合に、事業主が行政庁に対し当該報告等をしなければならないとされているものであり、「労働者が労災申請を行う場合に、労働者に対し、何らかの協力をしなければならない」旨を定めたものではありません。

 労働者災害補償保険法施行規則第23条は(事業主の助力等)として、その第1項が「保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない」と規定し、その第2項が「事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない」と規定しています。

 会社が労働者の行う労災申請に協力すべき義務を定めた規定です。

4 大阪地裁平成24年2月15日判決

 労働者災害補償保険法施行規則第23条につき、「労働者から労災申請の希望が伝えられた場合、事業主としては、その要件該当性を争っているときにまで、請求書に証明をすることその他積極的にその申請に協力すべきことが法的に義務付けられているということはできない(労働者災害補償保険法施行規則23条2項も、事業主が争っている場合にまで上記のような義務を負わせるものとまではいえない。)。」と述べた判決です。

 実務において参考とすべきと考えますので、ご紹介します。

 ⑴ 事案

 被告の従業員として勤務していた原告が、遅くとも平成14年12月26日までに精神疾患を発症し(以下「本件発症」という。)、平成17年12月8日に解雇されたこと(以下「本件解雇」という。)について、精神疾患は、被告の注意義務違反又は安全配慮義務違反により、長時間労働等の過重労働に従事するなどしたために発症したものであり、本件解雇は無効であって上記各義務違反によるものであると主張して、原告が被告との間で労働契約上の地位にあることの確認等を請求した事案

 ⑵ 判決

 【…原告は、平成15年6月16日にO1部長及びF1看護師に対し、過重労働により1回目の在宅期間に係る自宅療養を余儀なくされたことにつき労災申請をしたい旨述べたのに対し、両名から「必要ない」「許さない」と強く言い迫られ、これが労災申請妨害に当たる旨主張する。

 そこで検討するに、労働者が業務上の疾病にかかったとして労災保険給付の申請を希望する場合、請求書に必要事項を記載し、また事業主の証明を受けた上、必要書類とともに提出することとされている(例えば、休業補償給付につき労働者災害補償保険法施行規則13条1項、2項)。そして、一般に、事業主が上記証明その他の協力を拒む場合があり得るが、その場合でも、事業主の証明が得られない事情を労働基準監督署に説明して請求書を提出すれば、これが受理される扱いとなっている。これらのことは、通常一般の労働者にとっても、弁護士及び社会保険労務士等の専門家、労働組合等の各種支援団体並びに行政窓口等に相談したり、労災申請手続に関する解説書を読んだりすることにより、知ることができるものといえる(原告本人は、弁護士及や社会保険労務士に相談したことがある旨供述しており、健康管理室メモの平成15年10月21日の欄には「本人、弁ゴ師や左Drにも聞いたとの事で労災認定確定していると話する」との記載がある。)。また、事業主にも、労働者との間で、過重な業務に従事させていたことその他労務管理の問題があったことを争う機会が、相当といえる範囲では保障されるべきであるし、労災保険の手続をとらない代わりに会社内部の制度等により損害を補償し、併せて今後の就業の環境を整えるなどといった方向での協議ないし交渉をすることについては特段の問題があるとはいえない。

 これらによれば、労働者から労災申請の希望が伝えられた場合、事業主としては、その要件該当性を争っているときにまで、請求書に証明をすることその他積極的にその申請に協力すべきことが法的に義務付けられているということはできない(労働者災害補償保険法施行規則23条2項も、事業主が争っている場合にまで上記のような義務を負わせるものとまではいえない。)。また、事業主が、当該労働者と協議又は交渉を行う過程で、事業主側の立場を主張し、又は事業主側と当該労働者との円満な関係を維持してその就業を促すなどの目的のために、労働者に対し、労災申請をしないように説得することは、その内容がその目的に照らして社会的相当性の範囲内である限り、不当であるということはできない。

 本件では、O1部長は、平成15年6月16日に労災申請を希望する旨述べた原告に対し、「今はきちんと治療し、病気を治すことが最優先であり、労災申請については休暇が必要になったときに考えればいいことではないか」などと話したことは認めているところ(乙38)、上記発言は、まず、病気を完全に治して就労することを促しているものであり、またその当時、原告は就労しており、給与は全額支払われ、特段の医療費の負担があったとも認められないのであって、その内容自体が労災申請をしないように圧力をかけるものとはいえず、その目的に照らしても、社会的相当性の範囲内のものというべきであり、これをもって不当な労災申請の妨害に当たるということはできない。そして、平成15年6月16日に、上記の範囲を超えて、O1部長及びF1看護師から、労災申請妨害に当たる言動がされた旨の原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

 よって、原告の前記主張は、採用することができない。…】

 ⑶ コメント

 労働者災害補償保険法施行規則第23条の文言からも、「事業主にも、労働者との間で、過重な業務に従事させていたことその他労務管理の問題があったことを争う機会が、相当といえる範囲では保障されるべきである」という点からも、判決が上記のとおり(赤字部分)述べた点は妥当であると考えます。

 なお、これは、労災であることを争う場合の対応であり、労災であることに争いがない場合には、会社において労働者や遺族の労災申請に協力すべきことは言うまでもありません。

 また、会社が労災に当たるか否かを争うつもりであっても、事案の内容から労災と認められることがある程度予想され、かつ会社側に安全配慮義務違反が認められる可能性があるような場合には、会社としては、労働者や遺族が行う労災申請に積極的に協力することを検討すべきと考えます。労働者や遺族は将来の収入等に不安を持つのが当然ですので、会社が労災の補償内容や手続を丁寧に説明するなどして、その不安の解消につとめることにより、労働者・遺族と会社との間の紛争の発生を未然に防ぐことができる場合があるからです。ただし、会社としては、労働者や遺族が行う労災申請に協力するといっても、労働者・遺族の主張を全て認めるようなことはするべきではありません。会社としては、労働者・遺族の労災申請に協力しつつも、所轄労働基準監督署長に対し、会社側の意見を申し出ておくべき(労働者災害補償保険法第23条の2)場合もあると考えます。

弁護士 植木 博路

(長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っています)

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