無効な解雇、未払残業代と役員個人の賠償責任
無効な解雇、未払残業代と役員個人の賠償責任
長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。
今回は、「無効な解雇、未払残業代と役員個人の賠償責任」について話をしたいと思います。無効な解雇や、未払残業代について、会社だけでなく、役員個人も損害賠償義務としての支払義務を負う場合がある点には、注意が必要です。
1 会社法429条
会社法429条1項は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。
会社の経済社会に占める地位及び役員等の職務の重要性を考慮し、第三者保護の立場から、役員等が悪意・重過失により会社に対する任務(善管注意義務・忠実義務)を懈怠し第三者に損害を被らせたときは、当該任務懈怠行為と第三者の損害との間に相当因果関係がある限り、役員等に損害賠償責任を負わせた規定です。
そして、労働者が、無効な解雇や未払残業に関し会社の役員にも責任があるとして、会社法429条に基づき、役員個人に対して損害賠償を請求するケースがあります。
2 東京高判平成30年6月27日(判例秘書登載)
⑴ 無効な解雇について
この高裁判決は「取締役が悪意又は重大な過失によりその任務を懈怠したときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うが(会社法429条1項)、取締役の任務懈怠とは、取締役が会社に対し法令違反を含む善管注意義務違反の行為をしたことを指す。そして、上記の法令には、労働関係法規も含まれるから、取締役が悪意又は重大な過失により、労働者を不当に解雇したり、時間外手当を支払わなかった場合には、これにより労働者に生じた損害を賠償する責任を負うことになる」と述べました。
(人事担当の取締役)
「1審被告会社の取締役である1審被告Y2は、代表取締役である1審被告Y1から、従業員の解雇を含む人事上の権限を付与されており、これに基づいて、平成25年9月25日に1審原告に対して解雇する旨を告げた(本件解雇)ものである。そして、A株式会社(A)の件を契機として本件解雇に至るまでの経緯を見ても、1審被告Y2は、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識していたと認めることができるから、悪意をもって本件解雇をしたものと認めることができる」として、解雇に関し、人事担当取締役の責任を認めました。
(代表取締役)
「会社の代表取締役は、他の取締役の業務執行に注意を払い、その業務の執行の適正を確保する義務を負っている。1審被告Y1は、かねてより1審原告の勤務態度に不満を持っていたところ、平成25年9月下旬頃、Aへの謝罪に1審原告を同行したことに1審原告が強い不満を持ったことから、1審原告に対し、会社の運営面で強い影響力を有し、従業員の解雇を含む人事上の権限も付与されていた1審被告Y2と話をするよう申し向けた。このような経緯に照らせば、1審被告Y1において、1審原告と1審被告Y2との話し合いいかんにより1審原告が解雇され得ることや、仮に解雇がされた場合には、その解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものとなることを容易に認識することができたものと認めることができる。しかるに、1審被告Y1は、1審被告Y2が本件解雇を回避するよう注意を払わなかったのであるから、1審被告Y1には重大な過失があったというべきである」と述べ、解雇に関し、代表取締役の責任を認めました。
(原告の損害)
「本件解雇がされたことにより、1審原告は、本件解雇後1年間で12か月分の賃金240万円を得ることができなくなり、これと同額の損害を被ったものと認めることができる」としました。
⑵ 未払残業代について
「1審被告会社の就業規則によれば、従業員が、(年末年始以外の)祝日のない週に就業規則に従って1日8時間の実労働時間で月曜日から土曜日まで週6日勤務すると、当然に労働基準法32条1項所定の週40時間の規制を超えて時間外労働をすることになり、現に、1審原告は週40時間を超えて時間外労働をすることは常態となっていた。
1審被告Y2及び1審被告Y1は、1審原告を含む従業員の勤務実態が上記のようなものであることを認識していたものと認められる。それにもかかわらず、1審被告Y2及び1審被告Y1は、時間外手当(残業手当)を支給するに当たり、残業時間をきちんと調べていなかったのであるから、時間外手当の未払が発生したことについて、両1審被告には少なくとも重大な過失があったというべきである。」と述べ、人事担当取締役及び代表取締役の責任を認めました。
(原告の損害)
「1審原告は、原判決別紙7のとおり、平成25年1月分から同年9月分までの時間外手当合計61万0360円の支払を受けていないのであるから、これと同額の損害を被ったものと認めることができる」としました。
弁護士 植木 博路
(長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っています)