「タイムカードの記載から労働時間を認定することには慎重であるべき」
「タイムカードの記載から労働時間を認定することには慎重であるべき」
長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。
今回は、「タイムカードの記載から労働時間を認定すること」について、話をしたいと思います。なお、以前のコラム(「労働時間の把握方法①」、「労働時間の把握方法②」)も参照されてください。
なお、労働時間把握義務については、安全配慮義務を履行する前提としての労働時間把握義務(労働安全衛生法66条の8の3)もありますが、今回取り扱っているのは、割増賃金(労基法32条・36条・37条)に関する労働時間把握義務です。
1 タイムカードに関する近時の裁判例の傾向
近時の裁判実務ではタイムカードに原則として高い推認力を認める傾向にあり、訴訟や労働審判にタイムカードが提出された場合、そこに記載された時間から一定の離脱時間等を控除した労働時間が一応立証されたものとし、会社側から特段の反証のない限りは、当該労働時間を認定する傾向にあるように思います。
ただし、タイムカードの打刻時刻が毎日不自然に同じ時刻にそろえられているような場合には、タイムカードの記載が正確な労働時間を反映していない実態が窺われ、その信用性は薄れることは言うまでもありません。
なお、タイムカードはタイムレコーダーによる打刻であるという裏付けがあってこそ相応の信用性が認められるのですから、手書き部分については、信用性の根拠を欠くことになります。同様に、出社退社の時刻を従業員が手書きで記入する「出勤簿や日報」は従業員が業務開始直前・業務終了直後に記入をしていたという実態が証明されない限り、タイムカードと同程度の推認力のある証拠と扱うことはできません。
2 タイムカードの記載をもとに労働時間を認定できるかは、具体的な事実関係から慎重に検討されなければならないこと
例えば、大阪地判平成8年12月25日(労働判例712号32頁)は、
「被告は、…時間外手当から定額の勤務手当に代えた後もタイムカードを設置し、従業員はタイムカードヘの打刻を行っていたこと、関西支社では、隈崎支社長の指示により、タイムカードによる勤務時間の管理を厳密に行い、現に一部の原告を除き、原告らは、タイムカードへの打刻を継続的に行い、打刻漏れや直行、直帰などにより打刻できない場合、後に自ら手書きをしたり、管理課が記入するなどしてタイムカードへの記載を怠っていないこと、原告らの業務内容からすると、タイムカードによる勤務時間の管理は十分可能で、現に原告らと同様の業務に従事していた契約社員は、タイムカードに基づいて時間外手当の支給を受けていたこと、(証拠略)(タイムカード)に記載されている時刻をみても、原告らの労働実態に合致し、何ら不自然なものではないことからすると、タイムカードに基づいて原告らの時間外労働時間を算定することができるというべきである。
…このように、タイムカードが、原告らの労働実態に合致し、時間外労働時間を算定する基礎となる以上、タイムカードの記載と実際の労働時間とが異なることにつき特段の立証がない限り、タイムカードの記載に従って、原告らの労働時間を認定すべきである。」
と述べています。
この事案では「会社が従前からタイムカードを使用して従業員の労働時間管理をしていたという事情」がありました。判決は、このような事情があるため、この事案ではタイムカードによって労働時間を認定することが妥当と考えたと言えます。
また例えば、福岡地小倉支判令和4年3月24日(判例秘書搭載)は、
「被告における労働時間の管理はタイムカードによってなされているところ、原告のタイムカードは手書き部分が非常に多い(認定事実(7))。そして、手書き部分の体裁をみると、暦上存在しない日付にも出退勤時刻が記入されている。また、すべて同じ筆記用具を用いていると認められ、字の形状も近似している。さらに、手書き部分の出退勤時刻は「8:00」「9:00」「19:00」「21:00」が多く、それ以外の時刻も「5:45」「8:45」など5分単位のきりのよい時刻ばかりである。日々の出退勤時刻がこれほど一様に同じ時刻であるはずがなく、こうしたタイムカードの記載内容や記載状況からすると、原告は、ある程度の時点で、自身の記憶に基づきまとめてタイムカードを手書きしたと認められる。そうすると、原告のタイムカードは、原告の毎日の出退勤時刻を正確に反映しているとはいえない。…したがって、原告のタイムカードの手書き部分は全て採用できない。そうすると、原告のタイムカードの退勤時刻が手書きになっている日について、原告が少なくともタイムカードに手書きで記入されている時間に勤務していたことを前提として原告の残業代を計算することも相当とはいえない。
以上によれば、原告のタイムカードの手書き部分は採用できず、機械によって出退勤時刻が打刻されている日については、仮にそれが原告の出退勤時刻を正確に記録したものであるとしても、本件請求全体の中のごく限られた日についての記録に過ぎないから、本件請求期間全体についての残業代を算定するにあたり、原告のタイムカードを基礎とすることはできない。」
と述べています。
この事案では「会社がタイムカードによって労働時間管理をしていたという事情」があったのですが、「タイムカードは手書きされた部分が多く、機械によって出退勤時刻が打刻された時間はごく限られていた等の事情」があり、結局、タイムカードによって労働時間を算定することは相当でないと判断されました。
(コメント)
タイムカードがあるから、他の事情を考慮せず、タイムカードで労働時間を認定しようというのは、間違いです。タイムカードによる労働時間管理が行われているか否か、タイムカードの記載等からタイムカードによって労働時間を推認することが適切か否かを慎重に検討する必要があります。
また、タイムカードには出社時刻、退社時刻が記録されるでしょうが、その途中の時間が記録されるわけではありません。途中に、ネットサーフィンをしたり、勝手に持ち場を離れてサボっていたり、営業先に行った帰りに車の中で昼寝をしたりしていても、その時間が記録されるわけではありません。そして、実際、始業終業時刻が何時かという点以外に、途中の時間が労働時間か否かについて紛争となることが多いのです。この途中の時間の管理をどうするのかですが、社用車や携帯にGPSを入れて、事後に行動(何時にどこに行ったかだけでも)確認できるようにしておくだけでも、一定の効果があると思います。抑止効果もありますし、事後に紛争になった場合の紛争解決効果もあると考えます。ただし、GPSのログ等記録は、労働者自身が削除等できないようにしておく必要があります。
弁護士 植木 博路
(長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っています)