新型コロナウイルス感染症への感染リスクを理由とする従業員の就業拒否への対応

新型コロナウイルス感染症への感染リスクを理由とする従業員の就業拒否への対応

長崎、福岡で「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。

新型コロナウイルス感染症への感染リスクを理由として従業員が業務に従事することを拒否した場合の対応について,お話したいと思います。

(事例)~セミナー受付業務への従事拒否

 Y社では,この夏も,相続や遺言に関する無料セミナーの開催を予定しています。毎年行っているセミナーで,50名ほどが着席できる会場が満員になるような人気のセミナーです。もっとも,今年は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大のため,役員の中には,開催を見送るべきではないかとの意見を言う者もいました。しかし,Y社は,セミナーの定員を3分の1とすること,受付での体温計測及び手指消毒の実施,会場スタッフはもちろん,セミナー出席者全員のマスクの着用等,できる限り感染防止対策を行うこととし,そのうえで,セミナーを開催することとしました。

 ところが,毎年セミナーの受付業務を担当していたスタッフのXさんが,

「受付業務は新型コロナウイルスに感染するリスクがあるので,できない。」

と言い,セミナーにおいて受付業務に従事することを拒否しました。

 Y社はどのように対応するべきでしょうか。

 以下は,この問題に関する,Y社のA部長とB主任の会話です。

 A部長:Xさんが受付をしたくないって言ってるって?

 B主任:はい。まだお子さんも小さいですし,高齢のご両親と同居しているとのことで。しかし,Xさんが受付業務をやってくれないとなると,困りましたね。毎年Xさんが担当してくれていたわけですし,他のスタッフをあてるとしても,適任者はいないですよ。それに他のスタッフも拒否するかもしれません。

 A部長:うーん,困ったな。法的にはどうなの?Xさんの主張を受け入れなきゃだめなのか?

 B主任:顧問弁護士に確認したところ,

「会社は従業員の健康に配慮する義務があるが(労働契約法5条),受付業務につき感染防止対策を実施しているのであれば,受付業務に従事する旨の業務命令を出すことは可能で,Xさんが業務命令に違反した場合には,懲戒処分を検討することもできる」

ということでした。

 A部長:なるほど。受付業務について感染防止対策はどうなってる?

 B主任:例年,受付で,来場した方にお名前やメールアドレスなどを書いていただき,粗品をお渡ししています。今年は,受付で,体温測定や手指消毒を行います。また来場する方にもマスクの着用を呼びかけています。そのほか感染防止対策としては,受付を行うXさんにもマスクをしてもらうことぐらいでしょうか。

 A部長:受付はすることが多いな。Xさんの負担が大きいのではないか?

 B主任:例年50人ぐらいの方がいらっしゃっていますが,今年は16,7人です。ですので,受付業務の負担の大きさは,例年よりも小さいと思います。それに,会場内にも1人スタッフをおいておかなければならないので,受付の人数は増やせません。

 A部長:そうか。感染防止対策は一応できているようだし,Xさんに「受付業務の拒否は認めない。拒否するなら懲戒処分もある」と伝えて,受付業務をするよう言ってくれないか。

 B主任:うーん,でも強く言って,「懲戒でも構わない」って言われたらどうしよう。

 A部長:業務命令違反は重大だぞ,強く言わないと。Xさんを甘やかしたら,他のスタッフにも影響がでるかもしれない。

 B主任:そうは言っても,Xさんの気持ちも分かるんですよ。それに,Xさんに強く言うことで,他のスタッフがどう思うかは何とも言えないですよ。Xさんもやる気が落ちるでしょうし,他のスタッフのモチベーションも下がるかもしれません。

 A部長:分かった。最終的に,業務命令を出すか,業務命令に違反した場合に懲戒処分にするかは保留として,Xさんとよい方法を話し合ってみてくれないか?

 B主任:了解しました。受付業務自体をなくす(体温測定のみ行う)ということも検討してみます。

(解説)


 業務に伴う通常の危険を越えるような生命身体への危険がある業務命令は,無効となる場合があります。会社は労働者に対し安全配慮義務を負っているのです。本件でY社が何ら感染防止措置をとらないまま,Xさんに対しセミナーでの受付業務を命じた場合には,安全配慮義務に違反するものとして,会社の業務命令は無効となる可能性があります(電電公社千代田丸上告事件,最判昭和43・12・24民集22巻13号3050頁参照)。しかし,Y社は,今回のセミナーにつき「定員を3分の1とすること,受付での体温計測及び手指消毒の実施,会場スタッフはもちろん,セミナー出席者全員のマスクの着用等」できる限り感染防止対策を行うとしています。そうであれば,Y社がXさんに対し受付業務への従事を命じることは無効にはならないと思います。したがって,本件では,Y社は,Xさんに対し,受付業務に従事するよう業務命令を出すことができ,Xさんがその業務命令に従わなかった場合には懲戒処分(ただし,業務命令違反が1回であることから,戒告等軽いもの)を行うことも可能と考えます。
 もっとも,A部長が判断したように,すぐに業務命令や懲戒処分を検討するのではなく,「Xさんと話し合いを行う」ことや,B主任が言うように「受付業務自体をなくす」といった方法も検討する必要があるように思います。Xさんが翻意し,受付業務を行うことを承諾する可能性もあります。また,本件で予定されている受付業務のうち「来場者の氏名やメールアドレスなどの記入」は会場の中(席に着席)で行ってもらうという方法も可能なようです。粗品のお渡しも,会場内の席にあらかじめ準備しておくといった方法も可能と考えられます。

弁護士 植木 博路

(長崎、福岡で「企業側」の労務問題を取り扱っています)

     

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