日本版同一労働同一賃金について(その1)
日本版同一労働同一賃金について(その1)
パートタイム・有期雇用労働法(同一労働同一賃金制度の開始)
長崎、福岡で、「企業側」の労務問題を取り扱っている弁護士植木博路です。
中小企業についても令和3年4月1日から適用開始となった、パートタイム・有期雇用労働法について、何回かに分けて、話をしていきたいと思います。
不合理な待遇の禁止
パートタイム・有期雇用労働法は、その第8条(不合理な待遇の禁止)で、
「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない」
と規定しています。
同一労働同一賃金とは?
同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すという考え(同一労働同一賃金)に基づく規定です。
この同一労働同一賃金について、厚生労働省のホームページでは、「同一企業内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消の取組を通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにする」と説明されています。
不合理と認められる相違とは?
実務上、企業が気にするのは「不合理と認められる相違」とは何か、であろうと思います。正社員と非正規社員の待遇に差がある場合に、いかなる待遇差が「不合理と認められる相違」としてパートタイム・有期雇用労働法第8条に違反するということになるのか。
しかし、この判断は、ケース・バイ・ケースであり、一概に行うのは難しいと、私は思います。
厚生労働省のガイドライン(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(平成30年12月28日厚生労働省告示430号))でも、「…事業主が、第3から第5までに記載された原則となる考え方等に反した場合、当該待遇の相違が不合理と認められる等の可能性がある。」と述べるにとどまっており、明確な基準を示すには至っていません。
裁判所や裁判官により判断が異なる(裁判例の蓄積もまだ)
また、例えば、メトロコマース事件最高裁判決(最三小判令2.10.13/裁判所時報1753号7頁、労働判例1229号90頁)は、正社員と契約社員の退職金に関する待遇差(正社員には退職金があり、契約社員Bには退職金がない)を、不合理とはいえないと判断していますが、この最高裁判決には宇賀克也裁判官の反対意見が付されており、同反対意見は「契約社員Bに対し,正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額を超えて退職金を支給しなくとも,不合理であるとまで評価することができるものとはいえないとした原審の判断をあえて破棄するには及ばないものと考える。」と述べています。なお、東京高裁判決(平31.2.20/労働判例1198号5頁)は「少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金(退職金の上記のような複合的な性格を考慮しても,正社員と同一の基準に基づいて算定した額の少なくとも4分の1はこれに相当すると認められる。)すら一切支給しないことについては不合理といわざるを得ない。」と述べていました。他方、東京地裁判決(平29.3.23/労働判例1154号5頁)は、「退職金における正社員と契約社員Bとの間の相違は,不合理とまでは認められないというべきである」と述べていました。
一審は退職金についての格差を不合理とまでは認められないとし、二審は4分の1は支給すべきで、これすら支給しないのは不合理であるとしました。最高裁は、退職金についての格差を不合理とまでは認められないとしました(ただし、宇賀裁判官の反対意見があります)。
このように裁判所や裁判官によって判断が異なることは、明確な基準がないことを物語っています。
気を付けるべきこと
同一労働同一賃金制度がスタートしましたが、どのような格差が「不合理と認められる相違」なのかは、明確ではありません。最高裁判決の結論部分だけをみて、自社の正社員と非正規社員との待遇差が「不合理な相違」なのか否かを安易に判断するべきではありません。
同一労働同一賃金制度がスタートしたことで、待遇差解消を強く推奨する声もありますが、盲目的に待遇差解消を目指すのではなく、待遇差を設けている目的・理由、待遇差の程度等を考慮し、正社員と非正規社員の待遇差の解消が必要か、解消により自社にいかなる影響が生じるかを慎重に検討するべきであると思います。「不合理と認められる相違」とは何かにつき、明確な基準はありません。これについては裁判例の蓄積を待つしかありません。そのような状況下で、自社の正社員と非正規社員との待遇差が、急ぎ対応(解消)するべきものなのか否かを、きちんと考える必要があると思います。
弁護士 植木 博路
(長崎、福岡で「企業側」の労務問題を取り扱っています)